社会の未来を考えたいブログ

色んなテーマについて多くの発信をしていきたいと思います。

アイデアメモ(生活と社会と個人の特性など)

 社会と個人の関係

 社会とは便利なものだけど社会を動かすのは人間。なので独立した人間は常に行動して成長する必要がある。

 

 生きる為に必要な物、不要な物

 人間は常に人間と関わっていかなければならない。衣食住全てが他人の存在なしにはなりたたない。

 

 捨て去れない自己愛(利己主義)とお金

 お金さえあれば何でも手に入るというのは大間違いで、人生の幸せは自分自身が選択しなければどんなにお金があっても手に入れることはできない。お金は所詮は道具であるということを理解している人は案外少ないように思う。同じお金を持っていても買いたい物が同じという事は無いのだから、お金に価値を感じるとすればその大元は自分自身の願望や欲望そのものである。お金に必要以上に執着するのは、自分を見失っている兆候だろう。

 

 複雑な社会で大事なものが見えなくなっている

 昔の時代はシンプルで、自分が働いた結果は目に見えていて他人の仕事も身近に見えたので自分勝手な生き方は自然と良くないものとして認識が出来た。けれども今の時代は見ず知らずの誰かのための仕事ばかりで、他人の仕事がどのように行われているかも分からない。遠くの知らない人に感謝の気持ちを感じるのは難しい事で、まるで生活の全てが自分の力で回っているような錯覚を覚えやすいのではないだろうか。

 

 持続的な合意形成のための文化・問題共有と宗教

 科学が発展する前は、人々は宗教をして人生の生き方を学んだ。また、同じ空の下で良かれ悪しかれ同じ自然の驚異に立ち向かい、連帯の大事さを知ることが出来た。文化を楽しむ中で自分と社会が繋がっている感覚を共有できた。現代社会は便利さを追求して確かに多くの素晴らしい道具と方法を作り出しはしたが、結局のところは人の心までどうこうできはしない。昔と同じ問題が人の心には依然としてあるのに、科学を盲信した結果が心を成長させる機会を放棄する人を増やしただけではないのか。

 

 政治では人の心は変えられない

 昨今、政治の領域で国民のQOLを向上させるための施策が必要であるという主張が見受けられる。最も有名なのが自民党憲法改正草案であるが、法律は社会において目に見える事柄を公平に処理する方法として有効には違いないが、人の心の中で起こる現象を扱う事は出来ない。みんなで協力してよい社会を作りましょう、というようなおおざっぱなことは言えても、価値観は人それぞれであって見知らぬ人の内面などなおさら見えないので、いくら素晴らしい法律ができたとしても人間は自分の責任で自分の幸せを掴まなければならないだろう。それは過去現在未来きっと変わらないはずである。

 

 伝統は有用である

 伝統とは何か。それは人々が協力してきた歴史であり、一人の力では作る事も維持する事も出来ない社会の財産である。そして、過去と現在と未来の人々を繋ぐ時を超える架け橋ともいえる。どのような社会であっても先人が残した知恵はあり、現在に生きる人々は伝統をよく利用しよく守りよく受け継ぐ権利と義務がある。時間と空間を超えた先にいる人間とのかかわりを大事にすることは、自分自身に知恵を受け入れて真の自由を実現することに繋がるのだ。

 

 矛盾を乗りこなすのが人間らしさ

 同じ人間が同じことをしても、時と場合によって褒められたり貶されたりする。それは一人では制御できない社会や自然という存在があるからだ。先を見据えてよく考えて、未来に繋がる建設的な事をしようという気持ちがあれば、矛盾と相対しなければならない難しさが本当は自由そのものであると気づけるかもしれない。全く完璧に一貫して幸せという人生はありえないのであるから、いい時もわるい時も後悔がないような生き方を目指すにはやはり自分の責任を常に意識するべきだろう。責任とは言い換えればイニシアティブ主導権そのものだ。人生全てを他人任せにする生き方では、社会の中できちんとした生活をしているとは言えない。時折は甘えた言葉や口が出てしまうこともあるが、本心がそればかりにならない